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私はもう無理かもしれない。
だから、もしだめだったら浪人する覚悟で臨む。
諦めたんじゃない。
しがらみに纏われれば纏われるほど、私は自分の実力を発揮できない。
時には功を奏すときもあるけど、制限が“時間”となると、私はだめになってしまう。
そんなことじゃ、この先できることは限られてるけど、私はそういう風に生きていきたい。
とにかく、何が何でも今年度いっぱいは踏ん張るつもり。
それでももし落ちたら、一から勉強し直す。
大学行ったら受験勉強なんか比にならないくらい難しいことをしなくちゃいけない。
たぶん今から全範囲を網羅すれば、付け焼き刃的な勉強しかできないだろうけど、私はもっと全てが知りたい。
化学の結合ひとつとっても、結合の種類を覚えるだけで、もっとミクロな部分で何が起こってそうなるのか、学校の授業じゃ教えてもらえない。
浪人すれば、それはそれでいいこともある。思う存分勉強できるから。
中途半端に受かったとしても、それは所詮中途半端でしかない。もし受かったら、私はきっとビリで通るから、浪人するときのことを考えても、それよりもっと勉強しなくちゃならない。
なるべく気楽にいこう。思い詰めて切羽詰まって実力が発揮できる人もいるだろうけど、私はそうじゃない。
これでも一応、自分を励ましてるつもりだよ。
親はわかってくれたし(お父さんと結局一緒やん!で終わった)、あとは自分自身の問題。
怖いものはなくなった。
よし、今から2月25日までなら頑張れる。
…って、先生に言ってもわかってもらえないだろうなあー;
ロザンの菅さんが書いた『京大芸人』
面白いです。2時間弱で読めるので、受験生も安心して読めます。
宇治原さんはごく当たり前のことを言ってはるので、結局は彼の意志が強かったということでしょう。
この本を読み終えて最初に発した言葉は、
「NSC以外にも吉本に入る道はあるんや!」
でした(●´`●)
そうなんです、あるんです。
私もロザン同様何も知らなかったので、勉強になりました。
この本のおかげなのか、たまたま時期が重なったのかは誰にもわかりませんが、私が何かからふっきれたのは確かです。
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みんな優しいけど、誰も気付かない。
かな?
気付いてほしくない。
気付いてもらえない。
何故神様は心を深いところに忍ばせたの?
傷が見えたら楽なのに。
でも、こんなに辛くても、わたしは、いいんだ。
わたしの回りには、世界には、もっともっと、どうしようもないような悩みを抱えている人がいる。
お金を払っても、医療薬をもらっても、精神科医がついても、手術しても、効果なし。誰にも言えない、言ってもわかってもらえない。言える人がいない。
イライザのような機能で救われる人もいるし、いくら体が弱くて環境が比較的悪くても、元気な人がいる。
結局は、心の問題。
その蟠(わだかま)りの大きさ。
客観的な大きさじゃなくて、自分がどう感じるか。
でも“自分”は、最も近い存在であり最も遠い存在。
みんな、自分でもよくわからないから苦悩するんじゃないかな。
自分が知りたくて、知りたくて、付き合えば付き合うほど、矛盾が生じて、疑問が増える。
また、知りたくなる。
これまで自分と一緒に成長してきて、そしてこれからもずっとそう、ってことは、全人類、自明。
だからみんな、できるだけ自分に傷をつけてあげたくない。
そして自分以上に大切な存在が見つかったときも、その存在にも傷をつけさせまいとする。
こうやって、社会は成り立っているんだと思う。
そしてみんなが夫々の自分も含めた大事な存在を守ろうとするから、ちょっとした手違いが大きな誤解に繋がり、何気ない言動がそれらに亀裂を走らせる。
自分さえもわからないのに、人のことも考えなくちゃならない。
しかもその思考が行われているのは、大抵、ひとりの頭の中。
相手を傷つけまいとするから、自分に傷をつけてしまう。
相手を傷つけてしまっても、自分にも傷がつく。
世知辛い世の中、
やるせない素晴らしさ。
人間って不思議。