無題

帰りの電車…

私が降りる駅に着く瞬間。
うめき声。
みんながそっちを見る。
私もそっちを見る。
男の人が、倒れていた。

ドアが開いた。
私は電車を降りた。
駅員さんに知らせようと走りかけたが、
先に走っていった人がいたので諦めた。

戻ろうかと思った。
でも、いっぱい人がいたから、自分は行っても意味がないと思った。

黙って遠くの方から見ていた。
足が震えていた。
思わず歩き出してしまった。

泣きそうだった。
怖かったんじゃない。
自分の勇気のなさが、信じられなかったんだ。
自分の非人情さに、泣きそうになったんだ。

私は無力だ。
だから何もしてあげられることはなかった。

違う。

もしかしたら少しでも何かできたかもしれない。
少なくとも他の人よりは、救急救命の講習だって受けたし、
もしかしたら少しでも役に立てたかもしれない。

心臓マッサージができなくたっていいじゃないか。
人工呼吸ができなくたっていいじゃないか。
回復体位とか、気道確保だけでもできたんじゃないか。

後悔するなら、行っておけばよかった。
他に処置できる人がいたとしても、
やれるだけのことはやったんだから、後悔はしなかっただろう。

でも、行ってただの野次馬になる可能性を考えると、行けなかった。
結局は、私は自分のことで頭がいっぱいなんだ。
他人の目しか気にしていない、最低な奴なんだ。

本当にごめんなさい。

その時、大袈裟だけど、医者か看護師になりたいと思った。
人を助けることができる技術と、知恵と、行動力が欲しいと思った。
今日が私の運命を変える日なんじゃないかと思った。

しかし冷静になって考えてみると、医者になれるほど勉強もできないし、
できたとしても、そんな辛い仕事に就ける強さは、ない。
看護師ならなれるかもしれないが、血を抜かれるだけで
貧血になって倒れそうになるような情けない私は、看護師に向いていない。

医者や看護師にならなくったって、
救急救命だけでもまともにできたらどんなに素晴らしいことか。

何て自分勝手な奴なんだろう。
こんなちっぽけな人間が他人のためにできることなんてあるのだろうか…